サーヴィスコンクールへの想い

日本で唯一のサーヴィスコンクール(メートルドセルヴィス杯・ジョルジュ・バティスト後援)が、今年から変わりつつある。2015年までのコンクールは、FFCCフランス料理文化センター(東京ガス)が同料理コンクール(ジャンシリンジャー杯)も主催し運営されていた。しかし時代は変わり、今年2017年からFFCCは協力に変わり、APGFフランスレストラン文化振興協会の主催のもと、サーヴィスはメートルドセルヴィスの会が、料理コンクールはアヴァンセの会が運営を任された。
私はこの大会の2004年優勝者であり、現在はメートルドセルヴィスの会の副会長として運営側の手伝いをしている。

コンクールではフランス料理のサーヴィスに特化したテクニックを競う。予選、準決勝、決勝と審査のスタイルは変わるが学科試験と実技試験があり、優勝するには卓越した技術と知識が必要になる。また日常の仕事とは全く違う環境で競うため、極度の緊張感を味わうことになる。
予選ではペーパーテストやフルーツのカッティング、鶏肉の切り分けなど、準決勝では、チーズに関する問題や外国語でのオーダーテイクなどそれぞれ審査される。
決勝は、4名のお客様にお出迎えからお見送りまで実際に2時間半くらいのサーヴィスをする。食前酒のサーヴィスに始まり、前菜料理の取り分け、魚料理、肉料理のデクパージュサーヴィス、その間のワインサーヴィス、チーズやデザートの取り分け、コーヒーと食後酒のサーヴィス。葉巻のサーヴィスにまで審査が及んだこともある。
4名のお客様の中には外国人もいて日本語と外国語での会話が必要になる。食事中の会話や仕草、もてなしの全てが審査対象となる。

私の経験上、選手は普段の営業では決して間違えないところで頭が真白になり、考えないことまで考えたりする。とはいえ優勝すると日本中に知れ渡り、雑誌の年間取材やテレビのオファー、自分の周りが一変するくらいの名誉を手にすることになる。

私はタテルヨシノのスタッフにも興味を持つ者には出場を薦める。そこで出会った人々、つまり同じ志を持つ同士やコンクール関係者との結びつきや、全員ではないが生涯の出会いをすることもあり、この出会いを是非大切にしてほしいと思うから。

私にも実際大きな出会いがあった。このコンクールの立ち上げからスタイルが変わった今でも携わっていらっしゃる、フランス料理界の母(と思っている) 大沢 晴美さんとの出会いだ。格別である。
大沢さんは13年前に日本大会で優勝し世界コンクールで2位になった私を、当時を振り返り、あの頃は美少年だった・・と今だにおっしゃる。体重が20キロ増えたからであろう。しかし私にとって大沢さんとの出会いはそれだけではない。フランス料理を通じ様々な場面で大沢さんに協力してきたことは私にとって大きな名誉である。

私はスタッフに出場を薦めはするが、コンクールがサーヴィス人の全てでは全くない、1番大切なのは自分の働くレストランで活躍すること、1人でも多くのお客さまから指示され続けること、電話やメール1本で駆けつけてくださるお客様を持つこと、これに尽きると話している。
レストランにとって大切なのは、質の良い料理を作る料理人、それを的確にサーヴィスする人、数あるレストランの中からそれを選んでご来店されるお客様がいらっしゃること、これが揃わなければ成り立たない。
またこうも思う。自分自身のスキルを高める為又は確かめる為に出場するコンクールは戦いではあるが、同じ店の中で決して競争するべきではない、戦う相手は外にいる、又は自分自身かもしれない。
時には店の仲間と外で戦うことは当然あるが、同じ店の仲間とは常日頃から協力し合い、お互いの良いところは尊敬し、共存するべきであると信じている。
唯一コンクールが自分1人だけが1番になる戦いの場であると思う。その経験は優勝者各自が各店で発揮すれば良い。サーヴィス人の自信はお客様の安心である。

たかがコンクール、されどコンクールである。